日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

ダイバーシティ(多様化)の入り口 このご時世、左利きは当たり前になったのかな?

私は左利き、長女も左利き(長男はまだ不明)

母も姪も、同僚の息子さんも左利きです。

昔おばあちゃんに嫌がられた身体のクセも随分人権を得るようになりました。

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ギッチョという言葉を覚えたのは自分の祖母からでした。

 

小学校に入る前から、左利きの道が決まっていましたので、

文字を書くたびに「お前はギッチョだねー」と言われたこと。母が、「早く直してあげないとだめだよ」と祖母から諭されていたのを覚えています。

ですが昔から天の邪鬼に育っていましたので、そんな祖母や母からの矯正にもめげずまっすぐ左利きに育ちました。

正直、文字だけは右手にしておけばよかったな、と思ってますがまぁ仕方なし。生活のシーンではほとんど左手が主人公です。

 

そんな左利きという身体の特徴に思うこと。

それは、「右利きの中にいる左利き」というのが、多様化の入り口になってるんじゃないかな、ってことです。

 

昭和20年代に生まれた母は左利きでいることを「許されませんでした」

強制的に右利きです。

大学生になるまで母が元々左利きであることも知らなかった。そんな素振りも見せず、当たり前のように、生来の特徴を捨てていたことに驚きました。

右利きを前提とした文化では、左利きは例外として認められなかったんですね。

 

平成、令和を生きていると、自分の利き手すら使えない世界に怖気づいてしまいます。マイノリティーを自覚する私にとって、昭和以前は狭量な「許されない」時代です。

だからこそ、最近の左利きが矯正されずに増えていること、そのことで目くじらを立てられない生活はとても過ごしやすいです(もし周りに年配の人がいたら、思うことがあるかもしれませんが)

 

私の周りにはマイノリティーとして迫害されている人はいません、人種、LGBTの実際の課題に直面したことがありません。

ですが、利き手すら許さない人たちがまだいたとしたら。肌の違いや、性差の違いはとてつもなく大きな壁になるんだろうなぁ、と思わずにはいられません。

 

そう言えば、小学校の頃。テレビを見ていた父が、画面で話している同性愛の人を見ながら、罵倒しているのを思い出しました。

とてもここに書けないような事です。隣に子供がいるときですよ?今思うと、悪意なく思わず、そして心からその価値観を受け入れられなくて喋っていたんでしょうね。

普段から政治や経済にも比較的寛容だった父。そんな人でも当然許せないことがあるようでした。

 

多様化という言葉が使われ始めて幾分時間が経ちました。

左利きは少しは認めてもらえたかな?と思ってます。

肉親にプチ迫害されることはなくなりました。

 

この手を皮切りに、もっと「(当たり前に)自分と違う人」を受け入られたらいいですね。元々「あなたと私は同じ人間」というのが嘘っぱちなんですから。

 

以上、自分の利き手から、ダイバーシティについて考えてみました。

ご一読ありがとうございました。