日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

インターネットの無い時間が集中力を生む利点

 

 

 

 

インターネットを便利に使うか、安易な時間つぶしに使うか。

それだけで1日の価値がまるで変わってしまう。

 

齋藤さんの新書は、1日にどれだけ集中しているのかを聞いてくる。

ドキッとした1冊でした。

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【5分でどうしてオフライン生活を実践し始めたのかお伝えします】

 

 

齋藤孝さんの「ネット断ち」を読みました。

タイトル通り、「他人とつながらない時間作ろう」、という啓発本です。

 

齋藤さんは、研究者、教育者として、たくさんの方と接し、指導をしてきた方です。

書中ではインターネットに浸かった生活を続けている人の集中力が欠けてきていること。その分、偉人・賢人の考えや人格に触れる機会が減っていることを心配しています。

 

SNSソーシャルネットワーキングサービス)も含め、インターネットに費やしている時間は増え続けています、2018年の日本で1日約4時間だそうです。

 

1日の6分の1を誰かとつながるために使っている。

そして、その情報量は膨大です。インターネットが主流となる前と比較するまでもなく、20年前と比べてもその量は加速的に増えています。

この期間に世界中でやり取りされている情報は1,000倍に増えているそうです。

 

この1,000倍に増えた情報を、1,000倍の処理能力で適切に受け入れられているのか?

 

齋藤さんは出来ていない、むしろ不安や不信を招いていると言います。

処理できないまま、自分の考えをまとめられないままである。

友人のつぶやきや、有名人の含蓄の無い発言、会ったこともない人のゴシップ記事を受け入れています。

昔だったら、その場その時だけで流されてしまうだけだったり、興味がある人だけが手に入れていた情報が、誰のもとにも安易に集まってしまう。

玉石混交の「石」が生活を埋め尽くしているようです。

 

もっとその時間を活かすために、

1時間だけでもオフライン生活してみないか?

そう、彼は言います。同じ時間を、過去から現代通じる知恵を得るために使ってみないかと。

今の社会で完全オフラインの生活はとても難しい。少しでも、という控えめな提案がとても現実的です。

 

 

 

 

この本を読むきっかけは今の生活スタイルへの疑問からでした

図書館でこの本を手にとったのは、彼のいう「インターネット疲れ」を公私ともに感じているからに他なりません。

 

仕事では当然インターネットを使います。

他社との取引、社内通信、会議資料もネットで共有されます。

便利であると同時に、1分ごとに更新される議事録や報告書に常に目を光らせておく必要があります。

 

気の休まる暇は、昔に比べて減りました。

もっと言えば、「気を休める」という行為が、すなわち「サボっている」ということにもなりかねません。

 

情報は常に目の前にある、なにかを待つという時間はほとんどなくなりました。

 

プライベートも同じです。

mixiから爆発的に広まったSNSはその種類も増え、TwitterFacebookInstagramと、多種多様になりました。

常に誰かが投稿し、それをチェックする。自分も投稿する。

 

こちらも変化は1分ごと(数秒ごと?)にあるので、いくら見ても、同じ画面を見ることは二度とありません。

 

例えるなら回転寿司です。目の前に新しいネタがいくらでも流れてきます。

 

お腹が空いた時ならば夢見心地かもしれません。

 ですが、お腹いっぱいだったら?

もう目にもしたくない。おアイソ!とならないでしょうか?

 

問題は、意識的におアイソをしないと、四六時中情報は流れてくるというところなのです。

昼だけでなく、夜中であっても、誰かが投稿すれば通知が入る。通知が入ると思わず見てしまう。

自分の発言にコメントといいねがあれば、思わずチェックしてしまう。

 

独りの時間であっても、独りではない、常に誰かを評価し、評価される場に立っている。これが今の生活です。

 

齋藤さんはこんな生活が息苦しく、かつ心の成長につながっていないと注意を促します。

 

 それは意志力の問題です。

人が何かをすると決める(もしくはしない、と決める)ときには意思の力が働きます。

 

近年の研究で、この意思力が有限であること。

決める機会が増えるにつれて、決めきれなくってしまうことがわかっています。

 

インターネットにつながっていると、常にこの判断に迫ってくる。

結果、肝心なこと決める時、もしくは集中したい時には、すでに心が疲弊してしまっているのです。

 

私もこの感覚を仕事でよく覚えます。

午前中は仕事の判断がすぐにできるのですが、夕方になると決めきれない。

できれば現状維持、何かを変える判断が弱くなるのです。

なので、大事なことを決める会議は、いつも午前中に設定しています。

 

午前中は明晰、午後はバカ。

 

これを忘れないようにしています。

ただ、午前中も常に明晰とは限りません。前日の夜中、ずっとネットサーフィンをしたり、SNSをチェックしている内に朝になっていたりしたら。朝から意志力は不足します。

 

午前中はバカ、午後はもっとバカ。

 

になっていた日もあったかもしれません。

事実はわかりません、そんな客観視する余裕もないからです。

 

 押し寄せる情報はむしろ害悪。

そう考えているのは齋藤さんだけではありません。

過去にも一度紹介した「デジタルミニマリスト

この書中で筆者が訴えていたことにも通じるところがあります。

www.nogame-nolife.online

本来情報は使うものなのに、その量や、アプローチ方法。通知という視覚・聴覚情報に自分の集中力を奪われてしまう。

「情報に使われている危機感」に気づき始めている人が増えています。

 

自分もその1人でありたい。情報に扱われない生活を送りたいものです。

 

まとめ 外からの仕組みに左右されない「三昧生活」そんな生活を送りたい

本自体は数時間で読めるものでしたが、受け取ったメッセージはとても大切な考えでした。

読むだけではなくて、実際に行動に移す。そんな気持ちにさせてくれます。

デジタルミニマリストを読んだ時と同じです。

 

そこで今回は次の2つを実践しました。

 

1つはSNSアカウントそのものをへらすことです。

たくさんの時間を費やしていたSNSや全く使っていなかったSNSから卒業すること。TwitterInstagramのアカウントを削除しました。

特にTwitterは毎日用に投稿、閲覧していたので、後悔の念がまだ浮かびます。消すまでではなかったのではないか?という気持ちです。

 

同時に、意識もせずこんな感情が浮かんでくる、依存度の高さを実感して怖くなります。

NHKを数日観なくても、Youtubeを1週間みなくても何も思わないのに、Twitterは1日観ないと不安になるのですから。

 

もう1つは通知です。アプリの通知を全てオフにしました。

メールはもちろん、カレンダーや、利用している生活アプリ。連絡手段であるLINEの通知も切ります。

通知があるのは電話着信とSMSだけにしました。

 

チェックを忘れたら数日LINEに気づかないかもしれません。ですがそれはそれ。忘れるに任せるつもりです。

通知に気づかないよりも、自分の意識が細切れにされる方が生活に悪影響です。

 

すぐに返信しないと相手に迷惑?

すみません。でも、1人でいる時は自分勝手でいさせてください。

 

その時、その場を大事にする。他のことは気にしない。

一見我利我利に見えますが、その考え方が結果的に他人との共有する時間を大事にすることに繋がると思います。

相手がいる場であれば、スマホと画面の通知に意識を奪われることが無くなるからです。

 

 

ネット断ちで、意識泥棒から距離を取る。

その分、大事な人や、深く心酔する作品と集中して接する。

そんな生活を実践します。

 

 

以上、オフライン生活のススメをまとめました。

今回も長文お読みいただきありがとうございました!