日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

もののけ姫 「無益な紅白戦」を止めるための戦い、と観てみる

 

先日に引き続いてジブリを映画館で楽しむ。

今回はもののけ姫です。

公開当時は高校生。20年経って映画館で再開する作品は、また違った楽しみがあります。 

www.ghibli.jp

【3分でもののけ姫を楽しみます】

※ネタバレがあるので未視聴の方はご遠慮ください

 

 

観てきました。もののけ姫

1997年公開のジブリ映画。公開当時私は高校3年生。

学校の文化祭の日程と重なり、文化祭を抜け出して見に行った思い出が懐かしいです。

 

その頃は「アシタカ強い!カッコいい!!」とひたすらキャラクターの躍動感に感動しきりの2時間を過ごしていました。

また、当時は「終了ごとに観客入れ替え」というルールがありませんでした。

 

つまり、自分の体力が続く限り映画を観続けられる。私は2回が限度でしたが、朝から晩まで観ている人も相当数いたに違いありません。

(そんなことをしているから、ルールが変わったのでしょうが・・・)

 

それから20年経過して。

まさか映画館でもう1度見れるとは思いませんでした。

 

この制限下で巡ってきた機会。仕事終わりに行くしかない!晩ごはんをパパっとすませて近くの映画館に飛び込みます。

 

すでにストーリーは理解していますし、セリフも覚えている。

それでも、何回観ても毎回考えさせられる。そんな作品だからこそ思わず魅入ってしまうのでしょうね。

 

今回もまた別の視点で観ます。

アシタカの村から、デイダラボッチ(シシ神)の死まで熱中させてもらいました。

 

今回は「」に目をつけました。

人間の世界は紅色、対して、自然(モロの一族やイノシシの一族)は白色です。

 

この映画は、紅白戦のように見れるな、と気づきました。

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色に注目して観てみると、その色の構成がとても面白いのです。

 

タタラ場にいる師匠連は紅。紅(くれない)の傘を指し。赤く燃えあがる火を使います。

 

対して、モロの一族は総じて白毛。イノシシは茶色かな?と思っていると、その総大将である乙事主(おっことぬし)は白色です。

そして、自然の象徴コダマ。全員の姿は白一色。

画面が紅と白、対象になっているシーンが多いのです。

 

そして、主人公の2人はどうかというと、これも面白い。

 

アシタカは赤い頭巾、つまり人間側のマークをつけて登場します。

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対してサンは白い毛皮、自然のトレードマーク、を被って現れます。

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ですが、最初からちょっと展開のヒントがあって、二人とも全身真っ赤、真っ白ではないんですよね。

 

アシタカの頭巾には白部分が混じっていて、

サンは白い毛皮をつけつつも、赤い仮面を被っている。

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登場時から、2人ともが「紅組でも、白組にもなりきらない」立場だというのが暗示されているようです。

作中で、モロが叫ぶセリフ。

「人間にもなれず、山犬にもなりきれぬ、哀れで醜い、かわいい我が娘だ!」

これも、紅組と白組、どちらの立場にも所属できない「半端者」だとはっきり言われている気分になりました。

 

 

 

また、観ていくとこの立場にも変化があります。

彼(彼女)はそのトレードマークを少しずつ失っていくのです。

アシタカの頭巾は侍との交戦で射止められる。

サンの赤い仮面は石火矢で壊され、白い毛皮は師匠連との戦いで失われる。

 

最後のシーンまでに、2人ともが

「紅組でもあり、白組でもある」立場から、

「紅組でも白組でもない」より中立な立場に表現されます。

 

そしてクライマックス。

紅組の拠点、タタラ場は、侍(人)からもデイダラボッチ(自然)からも攻め立てられ陥落。

白組の心の拠り所であったシシ神も死を迎えます。

 

敵と味方に分かれて憎しみ合っても、結果的に両者が何かを失う、この無益さ。

また、その間に立っても最後は絶望することなく、

「それでも共生する」ことを選んだアシタカとサン。

共生がこの映画の答えの1つ。それが今回の感想です。

 

また、2人が別々に生きることを選んだことも印象的です。

相手がいなければ生きられない、依存とは違う

隣に相手がいなくても、同じ世界を共に生きている感じながらをそれぞれの道を進む。

 

普通に考えたら、2人がくっついてハッピーエンド。なんて考えそうなものじゃないですか。

あまりの大人な選択っぷりに、改めて驚かされます。あのシーンで、依存と共生の違いを感じさせられました。

 

 

10代の頃はこんな見方に全く行き着きませんでした。

シーン1つ1つが魅力的で、そのシーンのそのものの目的を追求しようとはとても思いませんでした。

あまつさえ、

「アシタカもサンも色々頑張ってるけど、何も止められていないじゃないか」と、その能力不足を批難したこともあります。

 

同じ映画でも楽しみの感じ方が年によって違うんですね。

 

そして、それは受け手である自分が変わっていくからです。

10代の時と、30代の時は違う。

 

将来50代、70代になった時、アシタカ、サンとまた再会したら。

どんな思いでこの2時間を楽しむのか。絶対に今日の感想は持たないと思います。

 

年を取る。老いた時の自分の反応が今から楽しみでしょうがない。

20年後にまた映画館で公開してくれないか、期待せずにはいられません。

 

同じ作品を何度も楽しむ。

年を取ると、こんな楽しみ方ができるんです。

いいだろ〜若人(わこうど)よ!

 

 

以上、興奮冷めやらぬ内に書ききったエントリーでした。

今日もご一読いただきありがとうございました。