日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

「オトクな情報」を見逃してないか心配する人へ

今日の話題

情報を受け入れるよりも、自分が発信する時間をもっと増やしたほうが生活が充実します。

特売チラシを見過ごすことがそこまで大変なことですか?

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私は、根っから情報を仕入れたくてしょうがない、情報収集家です。

Twitterではためになる情報を発信してくれる人を集中してフォロー。

フェイスブックでも、友人の他に過去研修を受けた講師の方や、インフルエンサーと呼ばれるような方もフォローしていました。

 

本棚はいつでも小説、コミック、ビジネス書でいっぱいです。

1冊の本を読みながら、積んである本もまだまだある。朝ごはんを食べている間に、お昼ごはんのメニューを考えるような。自転車操業生活を送っています。AMAZONのカートの中に、これから買う「予定」の本が残っている人多いのではないでしょうか?

 

刺激になる情報、日々話題に事欠かないニュース。

この情報に晒されている時、「生活が充実しているかどうか」が大切です。

 

情報が入るほど、自分の気持ちはおだやかになるか、ということですね。

一日の大半を使ってニュースを仕入れているのだから、幸せにつながってとーぜん。と、思いたいところです。

 

ただ、現実は厳しい。そうは思えないのです。

 

理由は2つあります。

まず1つめ。情報はそれだけでは効用も無く、ただ積み上がるだけだからです。

自分で考えて、練って、自分の意見を組み上げて初めて少し役立ったと言えます。これが行動にまで移せたら一番です。

 

昨日、今日と、観測史上最大と悪名高い台風19号が来襲しました。

ニュース特番では台風に備えて何をすべきか、どの地域はどんな災害に警戒すべきか役に立つ情報をたっぷり提供してくれています。

残念ながら、その実私がとった行動はほとんどありませんでした。普段から備蓄している以上の食料も、水も、災害対策グッズも買っていません。

情報として頭に入っても、考えなかった。行動に反映していなかったのです。

 

孔子のいうところの、「学びて思わざれば即ち罔(くら)し」ですね。 

100冊の本や、何十ものブログを読んで何もしないよりは、1冊の本を読み、考え、行動に移した方が達成感や自己充足感が高まります。

 

この考え、ちょっと眉唾だなーと思う方は、この仮説をいっしょに考えてみてください。

情報が多いほど幸せにつながる。

であれば、情報通信が発達した現代は、どの時代よりも幸せになりやすい

※現代人が1日に受け取っている情報量は、江戸時代の1年分

dime.jp

仮にこれが正しければ、江戸時代に比べて今の人は365倍幸せであるはずです。

 

タイムマシンでも無い限り、真偽の程はわかりません。もしかしたら、江戸時代の10倍くらいは幸せかもしれない(今は民主主義だし、恋愛も自由ですからね!)

ですが、この仮説にちょっとでも?が浮かぶ人がいたら。

 

「山盛り情報定食」をお腹いっぱい食べたところで、心が満ち足りることはない。この意見に少し同意してもらえるのではないでしょうか。

 

2つめの理由は、自分の実生活が薄っぺらくなるからです。

薄っぺらいとは、どういうことか。

例えば、家族のこと。娘が学校でどんな授業を受けているか、奥さんの様子が最近ちょっと違うとか。そんな生活を共にしている人への関心が少なくなって、自分からの働きかけが弱まります。実のある受け答えのない生活。繰り返しの生活です。

 

何しろ一家庭の些末なことよりも、もっとワールドワイドな話題で頭の中は埋め尽くされていますから。

娘が昨日給食で何を食べたかよりも、次の衆議院選挙がどうなるか、応援スピーチとヘイトスピーチ両方に目を通していた方が、社会の役に立つはずですからね。

ちなみに、政治経済の話題が無意味だ、という批判ではありません。そういった情報を身の回りの生活そっちのけで入れ過ぎること。情報を偏らせたまま受け入れ続けることが問題です。

 

無批判に情報をなんでも受け入れようとすると、大事な情報だけでなく、企業のCMや、ゴシップ記事も玉石混交になって入ってきます。

ちなみに、私の大好きなTwitterは、5〜10件に1件はプロモーションツイートです。10〜20%は自分には本来必要ない、企業都合の情報が入ってきてるということですね。

 

こういった、相手都合の情報が増える過ぎると怖い。

五感で仕入れている情報が追いやられてしまう。実体験している生活からどんどん「味」が無くなってしまうと思うのです。

 

他の事で頭がいっぱい。今朝何を食べたか、覚えている余裕が無くなってしまう娘が言ったことに親身に受け答えしていない。

これって幸せでしょうか?

 

まとめます。

情報は、自分の意見や行動を促す「材料」だから、自分の作る料理に応じて準備する量はほどほどにしたい。

材料に埋め尽くされると、その整理整頓に時間を取られて、料理する時間が無くなってしまう。

材料に気を取られすぎると、「大事な生活」を見落としてしまう。

情報を選別して減らし、もっと自分からの働きかけを増やしたい。

つまり、ご飯も情報も腹八分目で抑えたい。

 

7つの習慣という名著の中で、幸せにつながるためのポイントが掲げられています。

その1つめは「主体的であれ」。

主体的。自分勝手という悪い意味ではありません。受け身にならず、自分からアクションを起こすこと。そうすれば充実した人生を手に入れられるという、先人たちの知恵です。

 

不要な情報を減らして、まずは主体的な生活を取り戻す。

その生活スタイルは、特売チラシの情報よりも何倍も価値があります。