日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

【ミニマリスト】樽のディオゲネスー子供に学ぶ「要らないモノはイラナイ」つ

自分には手がある

だからカップは要らない。皿もいらない。

 

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こんな気づきから、持ち物をとことんまで

手放した哲学者がいます。「樽のディオゲネス

 

ギリシャの街中で、住まいを持たず、樽(たる)の中で生活していた哲学者です。

世界市民コスモポリタン)」を提唱したのはこの人。

当たり前に聞いている単語の開祖と聞くと、オォーと思わず唸ってしまうのは私だけでしょうか?

 

生きていた時代は、アレキサンダー大王が生きていたのと同じ頃。紀元前400年〜300年だそうです。

なぜこの哲学書を話題にしたかというと、この人が2,000年越しのミニマリストだから。この人のエピソードを聞けば聞くほど、その身軽な考え方に感心するのです。

今、先入観や、地位、権威に巻き込まれてる。そう思ってしまうことしきりです。

 

エピソード1 お前が欲しいものは

 世界の半分を手にしたと言われるアレキサンダー大王。

彼が、ディオゲネスの噂をききつけて、会いに来たことがあります。その面会を進めたのは、当時彼の家庭教師を勤めていたアリストテレスでした。この時点で、彼の風評がいかばかりか想像がつきますね。

面会に来たアレキサンダー。その時ディオゲネスは、名前の通り樽の中で彼を迎えました。相変わらずブレません。何も持たない彼に対して、アレキサンダーが訪ねます。

お前の欲しいものは何か?

当時の世界を西へ東へ征服する最中にあった大王です。各地の素晴らしい財宝、建物、人が手に入れられるものはなんでも手中に収めている。

そんな自負があったかもしれません。彼が期待していた答えは、その中の1つ。そう予想します。

ですが、ディオゲネスからの返答はその予想を裏切ります。

あなたが立っていると、私の場所が日陰になってしまう。そこをどいて欲しい。

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横に避けて欲しい。これが彼の希望でした。

世界中のお宝ならなんでも手に入れられる。そんな有名人を前にして、すごいセリフです。

そう答えたのは彼が哲学者だったから、かもしれません。彼が求めるものは、形ではなく、考えであり真理であった。だからこそ、期待されるような物欲、地位欲を捨てる必要もなかったのかもしれません。

 

余談ですが、かれの哲学分野はキュニコス派、別名「犬儒学者」というそうです。禁欲的、無為自然の生活を目指す思想をもった学派です。

極端だなぁと思う反面、少し羨ましくもあります。

この人だったら、1億円が当たった宝くじで鼻をかみそうですよね。

 

毎日生活のこと、欲しいものや、行きたいところ、「何かをしたい」「あれが足りない」と右往左往している自分を、この人がみたらどんな風に思うのでしょうか。

 

エピソード2 カップは要らない

 もう1つ彼の生き方を象徴する面白いエピソードがあります。

彼が、水を飲もうとしていた時のことです。彼の数少ない持ち物には水飲みがありいつもそれを使って水を飲んでいました。

 

その時、同じアテナイに住む子供の1人が、手を使って水を飲む姿に出くわします。

何の道具を使わずに、彼は水を飲んでいました。

それを見たディオゲネスはこう言ったのだそうです。

普段の生活において、私はこの子供にも及ばない

彼は自分の水飲みを捨ててしまいました。

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変わってますよね。

普通だったら、「水飲みがなくて飲みにくそうだ」といった憐れみや、「自分は水飲みをもっていて便利だ(いいだろ!)」と優越感をもちそうなものです。

だから彼の考え方はとても面白い。

自分は水飲みが無いと水を飲めなかったのに、彼は自分の手だけで水を飲んでいる。

それって、彼のほうがすごいんじゃない?

余分なモノなしに、本質だけ(水をのむという行為だけ)を成し遂げている。そんな子供の姿に気付かされたことがあったのでしょう。

知識や真理は本の中だけではない。目の前のちょっとした仕草からも見つけられる。彼の洞察力と価値観がわかるエピソードです。

 

まとめ

今日はディオゲネスさんのお話でした。

彼の好きなポイントをまとめてみます

  • 自分が欲しいモノと、他の人が欲しそうなモノは同じじゃない(価値観を押し付けられない)
  • 正しいと感じたことなら、たとえそれが子供からであっても気づき、即行動!
  • 自分の生活スタイル、幸せをモノに依存しません

全く同じ生活はできなくても、「自分が好きなものは何か(もしかするとそれはモノじゃないかもしれない)」と考えることはできます。

また、毎日の生活から気づくことは紀元前でも現代でも同じ。生活を見つめられる視点は真似したいものですね。

モノに依存しない生き方は、私も目指すところなので、ぜひ真似し続けたいもの。

 

2300年のギャップがあっても、心の底流をつなげていけそうじゃないですか?

このミニマリスト大先輩のエピソードはまだまだあります。今後も勉強させてもらいましょう!

 

以上、ディオゲネスさんの紹介でした。

長文お読みいただきありがとうございました。