日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

【悪について】モノを持ちすぎることは、悪につながる一歩かもしれない〜フロムさんの著書から考えてみる

台風真っ只中の自宅からブログを書いています。

朝ごはんはHuel。イギリス生まれの完全食です。健康に良い、時短になる。そんな理由で頼んでみたのですが、思いのほか続いています。

味気のなさやのってりした喉越しも慣れてきました。習慣とは素晴らしくも恐ろしいものです。

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今日は、ここ1ヶ月少しずつ読んでいる本「悪について」から。ミニマリストに関連した、記述があったので取り上げます。

この本は、戦時中の哲学者、エーリッヒフロムさんの作品の1つです。

 

「悪とはなにか?どんな性格の人が破壊衝動や、人に害をなす行動を取るのか」を(私の)理解を超えるレベルまで掘り下げ、研究しています。

 

2回目読んでいますが、まだまだわからないことだらけ。

かろうじて、フロムさんが言う、悪い人の定義や特徴についてだけ掴むことができました。

時代背景もあって、事例の登場人物がヒトラースターリンなど、国家的に人に害をなした人物が多く登場します。

話題が大きすぎると感じるかもしれませんが、この研究の範囲は自分の身の回りや、しいては自分自身にも関係があることばかり。歴史や心理学研究に疎い私でも、身につまされる思いで読んでいます。

悪、即戦争というわけではないですからね。家族に心無いことをする。会社の同僚やご近所さんに酷い仕打ちをするのも立派に悪です。

 

その中でも特に気になった点があります。

悪事を働く人の特徴の1つで「ネクロフィラス(無機物、破壊や死を好む)」という言葉が登場します。反対語はバイオフィラス(有機物、生長や創造を好む)。

何かを育てたい、創りたいという気持ち以上に、「何かを壊したい」という気持ちを強く持っている人のことです。

説明の言葉が少し怖いですが、そこまで致命的な形ではなくとも皆さんの近くで体験できる機会は多いのではないでしょうか。

最近のホットワードであれば、パワハラモラハラといった行為がネクロフィラスに当てはまりそうです。

説明部分を少し抜粋してみましょう。前置き長くなりましたが、ここが本日お伝えしたい点です。

ネクロフィラスな人は、生長しないものや、機械的なものをすべて愛する。そして又、有機体を無機体に変貌し、生きているものを物体であるかのように機械的に接したいという欲望にかられる。あらゆる生命過程、感情、思考はすべて物体に変貌される。経験よりは記憶が、存在よりは所有がここでは重要なのである。 

エーリッヒフロム『悪について』より一部抜粋

人間関係や、日々変わっていくものをすべて「モノ扱い」するようになる。

結果、どうなるか。末尾で書いてあるように、「所有物に執着するようになる」誰といるか、何を創っているかよりも、何を持っているか何を失うかが大事になってしまうんですね。

そして、それを失うくらいなら、人を害しても構わないと考えるようになります。

 

2年前にモノを手放し始めたときは、当然この本を読んでいません。善悪の考えで、モノを持ちすぎるのは危ない!と考えていた訳ではないのです。

ですが、この本の中では自分の性格が行動にあらわれている。もっと本質的な部分を指摘されました。

自分の内にも、こういったネクロフィラス的な考えが根強く残っているのかもしれません。人よりもモノを好む、非人道的な心です。

では逆説的にモノを減らせばこういった考え方がなくなるのか?と言われるとどうでしょうか。

正直それはまだわかりません。この気持ちが別の形で現れるだけかもしれないからです。

 

ただ、この本を一読して思ったことがあります。

「モノを持ちすぎている自分」が再燃したときの姿は、とても残念なことになっているんだろうなと。

家族を大事にしようという家族愛や、新しい可能性を試してみようといった挑戦心からは程遠いことになっているに違いありません。

 

部屋をスッキリさせたい!くらいの気持ちで始めた生活習慣が、思いもよらぬところでつながりました。

1つのことを深く学び続けることも大切ですが、幅広い分野から得た知識を横につなげていくのも楽しいものです。