日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

【脱他人比べ】自分好みのモノに囲まれる生活

今年のお盆は台風直撃コース。下手に外出すると出先で暴風雨に見舞われそうでしたので、(いつもながら)インドア休みを過ごしています。

本日は自宅でコーヒーを飲みながら読書。

「モノの価値」について考える本を読んでいます。 

幸せとお金の経済学

幸せとお金の経済学

 

 

仕事の中で考えると、モノの価値と言えば、機能・性能・社会的価値といった観点が頭に浮かびます。

その商品は何なのか、

どのくらいすごいのか、

そのブランドにはどんなイメージがあるのか、

などなど。

 

この本の中で、作者はまた新しい区分を提供してくれます。

モノには地位財と、非地位財の位置付けがある

中身を読んでみると、自分が意識しているミニマリストにとても近しいものを覚えました。

このブログを読んでくださっている方ならかなり刺さるのではないかと思います。

地位財とはなんなのか?そうじゃないものがどんなことに役立つのか、まとめます。

 

地位財は、人と比較して優位に立つ(マウントを取る)ためのもの。

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他人ありき。他の人と比べて、良いモノか、高級か。その価値基準を前提に購入するのが、地位財です。

例えば、腕時計。それ自体は「時間が手元でいつでもわかる(機能)」ものですので、多くの方が身に着けているでしょう。これが、有名ブランドだったら?1本数千円どころではなく、1万円、10万円、100万円・・・値段は宝石のように天井知らずです。

機能を超えて、「他の人よりも」より高性能、高級なものであることが大切。まったく他の人の情報がなければ買わないけれど、隣の家の芝生をみて判断が変わる。これが地位財の特徴です。

本の中で例えられていたのは、車(のブランド)、腕時計、服装、自宅(の広さ)給与、地位といったものです。買えるものだけではなくて、待遇も対象になるのですね。

 

地位財は何が良いのか

それは、多くの人からみて、「すごい」と認められやすいこと。

 

また、実際のコミュニケーションの場でマウントを取りやすい点です。マウントを取るというのは、話の流れや雰囲気をリードするという意味。悪くいえば、言うことを聞かせやすいということです。サラリーマンの人でしたら会社の社長をイメージしてもらうとわかりやすいでしょう。

年収1億円以上、高級車にのり、自宅は見積もり不能の大豪邸・・・それに比べたら自分の家のなんと小さいことよ・・・負けました。そんな気分になりがちです。

書中ではこの気分を相対的欠乏感という言葉で説明していました。

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本当は自分は十二分にモノに囲まれているのに、それ以上に持っている人がいるために、「足りない」と感じてしまうことです。

 

この比べるという本能はとても強く、逃れがたいものです。生き物として、繁栄するためには、これだけあればいい!というだけでは不十分だからです。

例えば、力が強い肉食動物(クマやトラ)が自分の縄張りを持っていたとします。周りに他の肉食動物がいなければ、生活は安泰です。そのエリアの中の草食動物は、全て彼(彼女)を生かしてくれるに違いありません。

ですが、そこに、「それ以上に強い」肉食動物が現れたら?自分の強さは何一つ変わっていないけれど、縄張りを維持するのは難しいでしょう。相手が自分に敵意を向けてきたらなおさらです。

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相手に勝らなければ生き残れない。

そのために必要なもの。人間の現代社会においては物理的な力だけではありません。財力や影響力。また、目に見えるような「比べてすごい」力全般が当てはまります。

生存のために必要。この点で、地位財の大切さがわかるというものです。 

ただし、地位財だけに偏ってしまうのも考えものです。

それは、地位財の価値が、幸せと一致するとは限らないからです。

つまり、人より高い給与であっても、高級車に乗っていても、必ずしも幸せにはなれない。ということです。

このブログは日本語で書いていますので、読んでいる方も日本在住の方が多い、と想定していわしてもらうと、日本人(日本国籍を持っている人、在住している人)は最高に幸せです。

なにしろ、GDPは世界第3位 他の人よりもいっぱいお金を持っているわけですから。

地位財である金銭と、幸福度が比例関係にあるなら、こんな極論も正当かもしれませんね。

 

ただ、この意見に頷いてくれる方は少ないでしょう。それは、GDPの成長が自分の生活に反映されてないよ!という経済格差の問題が考えられます。

そして、今回の視点で見つめ直すと、

「お金はあるけど幸せとは言えない。むしろ不安や困りごとが多い」というケースがあります。

なぜなら、人から勝っているかベースでモノを所有している人は、人に負けることもある。

100万円の腕時計を買っても、1,000万円の腕時計を身につけている人の横では、「足りない(負けている)」と感じてしまうからです。

満足する時間は短くー世界一の大金持ちならない限りはー必ず誰かに負けてしまう。つまり「不足感」を抱えながら生きていくことになる。

地位財に偏る。それは原始的な生活であれば最適な価値観でした。

ですが、最低限の生存環境が確保されている生活にあっては、自分の満足感を至上に高めるとは必ずしも言えないのです。

 

余談ですが、過去にこんな記事がありました。

diamond.jp

給与の伸びと幸福感覚の伸びは必ずしも一致しない。ある程度まで伸びたところで天井が見えてくるという話題です。幸福感は他人との関係だけではない、もっと複合的なものであることを教えてくれます。

非地位財は、他人に関係なく自分にとって価値があるモノ

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 前段でお伝えした、地位財。非地位財とは、そうではない財のことです。

つまり、

他人との比較をせずに持っているモノ。

比較する必要なく、それ自体で自分の幸せを満たせるモノ、です。

書中で紹介されていたものは、

休暇、愛情、健康、自由、自主性(やらされていないこと)、社会への貴族意識、良い生活環境 といったものです。

特徴的なのは、財といいつつもそのほとんどが、物質そのものではない、ということです。

大きくわけるのであれば、次の3種類にまとめられそうです。

 

時間ー自分の時間が十分の取れているか

意識ーヒトにやらされるのではなくて、自分の判断の中で生きているか

環境ー良質に生活を阻害するようなことがないか。

   例えば、騒音が激しい自宅、水が汚染されている地域、犯罪発生率が高い街

   自由に出歩けないような病気にかかっている などなど。

 

時間、意識、環境が幸福感を求めるために必要。読み進める中で、このメッセージを強く感じました。

ではお金のような、比較できる財は不要なのか?そうではありません。

前段でご紹介した記事にもありましたが、お給料が上がれば、ある程度まで幸福感は上がっていきます。思うに、ある程度の給与は、非地位財を獲得するために必要不可欠だからではないでしょうか?

 

もし給与が少なく、日々の生活が苦しければ。給与を増やすために、これまでと別の仕事を追加しなければなりません(時間ががなくなる)

逆に給与が増えれば、静かな場所に家を建てることができます(外環境の改善)

また、健康に配慮した食生活もできますし、毎年健康診断に行こう!といった余裕も生まれてきます(内環境の改善)

地位財を非地位財のために使う。比べるためではなくて、自分自身の幸せのために使う。

この考え方があれば、「いつでも他人と比べる」必要がなくなります。また、相対的欠乏感も防げるのではないかと思います。

幸せを考える上で、非地位財は欠かせない

地位財・非地位財のご紹介をしてきましたが、どちらのモノを皆さんは希望されるでしょうか?人によっては、先に挙げたような品々に思い入れが強い方が多いと思いますので、反発を覚えた方も多いかもしれません。

もちろん地位財(となるような)モノが悪いものである。買うべきではない。そういう結論にしたいのではありません。

地位財であっても、「他人よりも勝りたい」という比較優位から脱して、「マイベスト」を追求しているのであれば、とても健全なショッピングライフに繋がります。

マイベストを選択する。つまりそれは、非地位財である自主性、(モノへの)愛情にほかなりません。

ドリルを買う人が欲しいのは「穴」である

そういったのはレビット博士。ハーバード大学の教授です。

非地位財を手に入れるために、モノを買う。自分がどうありたいか(何をなしとげたいか)、そのためにモノを手に入れている。

 

教授が注意を促したかったのはモノそのものの奥にある本質であり、効果です。

地位獲得のため。人の上に立ちたいから出費する。そういった考えから一度離れることができたら。

もっと働かないと、もっと大きな家を、もっと高級車を、そういった思考のトラップから抜け出せるかもしれません。

ただこの時には、マッチポンプ的な商売で消費を促している一部メーカーの方からは疎まれるかもしれませんけどね。買ってくれなければ商売あがったりですから。

 

ミニマリストに一度はお試しいただきたい

地位財と非地位財。この言葉を学びながら、これからさらに拡大する格差社会の中で、どのように満足感を得るか考えてきました。

一読して、大変共感を覚えています。それは冒頭でもお伝えした通り、「ミニマリストになってからの買い物に似ている」からです。

 

誰かがもっているから(買わないと惨めな思いをする)

当然誰の家にもあるから(使う予定もないけれど、持っていないと劣った気分になる)

 

そんな無意識の危機感から、買っていた品々。ミニマリストへ方向転換したときに、こうした思いに気づいて、その対象を一度手放すことにしました。

それは、地位財から離れて、非地位財を求める道。その手段として、最適な品を追求する転換期だったと言えるかもしれません。

 

作者自身はこの本を「ミニマリスト本」とは銘打っていませんが、ご縁の深さを感じる一冊でした。

モノとの付き合い方を一度考え直すきっかけに、ぜひ一度読んでいただきたいものです。