日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

【平成→令和】生活によい節目はどんな節目?

時の話題が、平成から令和への変化。天皇退位と即位に持ちきりになっています。

 

1月1日以外で、「あけましておめでとう」というセリフをTwitterで目にするのはこの機会を除けば無さそう。日が変わる境目は面白い記事がたくさんありました。

 

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この時代の節目に、自分の生活に面からこんな質問をしてみましょう。

時代の節目は生活の節目にピッタリでしょうか?

どういうことかといいますと、例えば、令和になる、時代が変わったタイミングに、新たな事を始める。何かを辞める。

時代の区切れに、個人的な踏ん切り(節目)をつけるのは気分や効果的に良いものでだろうか?そういう疑問です。

 

今の考えをまとめると、私は必ずしも良いとは言えず、できればこの節目を利用したくありません。

平成と令和の間には、「実質何も起きていないから」です

1日は24時間ですし、令和になった5月1日からお日様の色が青色になるわけではありません。自然現象的には、何も起きていません。

待ちに待った誕生日が来ても、自分は何も変わらないでしょ ーオードリー・ヘップバーン

これは名女優が「成功」を誕生日に例えた言葉です。今回の話題を考えた時にこのセリフが思い浮かびました。

成功した時も、誕生日が来た時も、何か特別なことが起きる気がする。でも、実際には何も起きていない。そんな心の動きを、舞台に立つ彼女が冷静に観察したセリフと言えます。

ちなみに、正確にはこの言い方も誤りですね。何も起きていない、のではなく、「毎日必ず何かが起きている」

4月30日から5月1日に変化があるように。5月1日から5月2日なる時にも変化がある。この境目に人間が変化するのではありません。

では、何が変わっているのか?それは、人の気持ちです

特に今回であれば、日本に生活する人。もしくは海外に住みながらも日本人という意識を持っている人の心持ちです。

節目にするのも、その節目に行動を変えるのも、その人次第です。平成最後の夜に、特別な食事をする。新たな趣味に着手する。渋谷のスクランブルで人の傘を壊す。どれも、自然現象ではありません。

 

私はこの考え方が面白く、便利であると同時に、「頼りすぎないように気をつけないと」と自分を戒めます。

いくつかある節目の内、特にこれが与えられたものであって、自分が決める節目ではないからです。

 

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入学式や、入社式はある程度自発的な節目と言えます。どの学校に入るのか、どの職場で活躍しようと思うのか、能力次第で自分で決められますから。

ですが、今回はそうではありません。年末年始のように何もしなくてもやってくる節目。自分で決めたのではなく、社会的に与えられた線引きです。

もちろん、仕事上この線引きを利用することもあるでしょう。

「平成最後の」「令和最初の」なんて言葉は限定商品の感覚ああって、販促活動にもうってつけです(自分がサービス・小売業を続けていたら絶対使いました)

ですが、その流れで自分の生活の起点にこれを使うかどうか?違う方法もあるのではないでしょうか。他の一手も並べて比較したいものです。

 

今の理想は、「節目を作らない」こと

この日から始める、のではない。決めた日から始める。そして続ける。

ある日が大きな変化がある大切な1日、なのではない。毎日が変化がある大切な日である。

この場所が素晴らしい、のではない。どの場所も心持ち次第で落ち着いた場所になる。

 

例えば、新年号になったから、ダイエットを始めるよりも、自分が思い立った日にすぐに運動を始めるべきです。

年号が変わらなかったら始めませんでしたか?ダイエットが上手くいかなかったら、次の年号に変わるまで「与えられる節目」を待つでしょうか?

与えられるよりも、自分から始める、そして続ける生活がいい。

 

新しい年号が気づかせてくれたのは、節目の違いと大切さでした(これも節目でしょうか?)