日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

【習い事】話をすることは嘘をつくこと

話っていうのは、基本的に嘘をつくことなんですよ。

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先週先生から教わったことはこのこと。

自分が平日の朝起きて、仕事に行って、帰ってくる。この中だけでも、自分が触れている情報はたくさんあるんですよね。天気・気温・すれ違う人。仕事で何があったか、何をしたか。今日のお昼ご飯は何だった?これも情報です。

 

それを100%もれなく語り尽くせれば、それはより私の生活の真実に近づいたと言えるのでしょうか。

理屈としては正しい。ですが、それは難しい。1秒1秒の情報をすべて伝えるには、1日24時間以上かかってしまうに違いありません。

情報として入手可能なものはそれだけ多い。そして五感だけでは入手不可能な情報もあるでしょう。暑い・寒いはわかっても、今何度か、湿度何%かといった情報は、気温計、湿度計の協力が欠かせません。

それでもその場で手に入っている情報は、自分が意識している以上に多い。

シャーロック・ホームズでもそれを指摘するシーンがあります。

曰く、

ワトスンくん。君は私の部屋にあがってくるまでに階段を使っているかい?

何度も?何年も?

では、その階段が「何段あるか」知っているかい?しらない?

そう、それが、「見る」と「観察する」の違いなんだ。 (意訳)

人の認識できる範囲には限界がある。

そして、観察して情報をより集めたとしても、意識して言葉にできるものが全てではありません。

となると、自分が認識したものに限定して、それを繋ぎ合わせた「話し」 は基本的に不完全なもの。

完全現実から「都合のいい情報」を抜き出し、並べたセレクトショップだと言えます。

 

それを先生は、悪いことと断罪はせず、「話に嘘をつくこと、フィクション(虚構)を作ることそのものだ」という言い方で説明してくれたんですね。

 

・朝ごはんを話題にする。すなわち、昼ごはんの献立を話さないということ。

・仕事の話題を取り上げる。すなわち、プライベートに触れないこと。

・自分の休みで何をして遊んだかを語る。すなわち、自分がその合間にしていた家事のことはなかったことにしている。

 

これを、嘘だ!と弾劾するような方は、少ないと思います。ですが「現実」を前提としたら、語られていないことが多いことに気づくのでしょう。

かくいう、今読んでもらっているこの文章も、語ることです。

先週教わったことを思い出しながら書いている今は、今日の心持ちや仕事のこと、来週の家族旅行のことは語らないわけです。

ただ、今回のテーマで、今日(今)と来週(未来)に触れることは不適切。言いたいことがぼやけてしまいます。

そう、伝えたいことが出てくると、取捨選択は必ず出てきてしまう。だからこそ、嘘をつく。

これまで無意識にやっていたことなんでしょうが、改めて教えてもらうと目からウロコが落ちた気分です。

人によりメッセージを伝えるために、今日もフィクションを作る。そういう気分になったレッスンでした。