日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

【献血】持ちすぎているものを人に譲る、お金に限りません

寄付の話です。

まずこの言葉で24時間テレビ、赤い羽共同募金といった、メディアに登場する募金を思い浮かべる方、多いのではないでしょうか。

 

また、法人や資産家が、何千万、何億円と寄付をしてニュースになることもありますね。

マイクロソフトが2016年に非営利団体へ10億ドル相当を寄付なんてこともありました。

商売の思惑があるにしても、1000億円超を寄付とは。私たちには縁遠い話のように思えます。

せいぜい、コンビニ横の募金箱に余った小銭を入れるくらい。私はそんな思いでいました。

それが最近になり、2つの気づきで、寄付への態度が変わってきたのです。

 

一つは、寄付は余力がある人だけのもの、という考えが間違いであることに気づいたことです。

中流の生活をしている方でも、寄付をする方がいます。国内では話題になりにくいだけで、0ではない。自然災害に限らず、常に誰かのために何がしかを提供している人がいるのです。

 

日本ではまだ寄付が当たり前になっていない。それがメディア露出が増えた今であっても話題として盛り上がらない理由です。

24時間テレビの記事も、寄付そのものよりも出演者へのギャラかいくらとか、障害をもたれている方への配慮がたりないとか、バッシング記事ばかりで表にでてしまい残念な限りです。

 

(参考)なぜ日本人は寄付をしない?

なぜ日本人は「寄付」をしない? - 産経ニュース

 

もう一つは、寄付はお金に限らない、形に制限がないことです。

 

要は、自分にとって余分なもので、かつ相手にとって生きるために必要であれば何でもいいのです。

 

ボランティアはその好例。お金ではないけれども、相手が必要としている労力を寄付することで、役立ててもらいます。

 

お金とは限らない、他の人のニーズに応えられるもので良い。

 

寄付をこう考え、街中を見回すと、こんな寄付の形があることに気づきます。それが献血です。

 

基本、血液はいざという時のために余分に体内を流れています。

同時にどこかの病院では血液が足りなくて生死の境をさまよっている人がいる。

 

お金でもなく、ニーズがある。そして自分にとっては少し余分なもの。

寄付としてピッタリだと気づきました。

 

またこの考えは、過不足無い生活をしたい、そう思っている心持ちにピッタリと合いました。

 

そういったわけでら少し自分都合も含みながら、去年から定期的に献血に行くようになったのです。

 

大きな町ですと献血ルームが完備されていますね。私の身近では大阪なんばの献血ルームが広くて快適です。

茶店のような館内で、ジュースやお菓子をもらってゆっくり過ごす。

「針をさされる!血を抜かれる!!怖い!!!」という雰囲気はありません。

(私は献血後のマンガタイムが好きです)


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もちろん個人個人の体調に依存しますので誰彼勧めるものではありません。

 

ちょっと血気盛んな方、週末時間が空いた方に、「手軽な寄付、人助け」を知ってもらいたかった。そんな記事でした。

 

コンビニ横の寄付金箱に1円玉を入れるよりも違う経験ができる。そう保証します。