日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

「そんなこと無いよ」生活の思い込みを2つ、古典を使って外してみる〜三木清『人生論ノート』

生活の思い込みがあります。と言ったところで、そうかんたんに自覚できないのが思い込みのやっかいなところです。

 

日々の生活の中で、充実したと思えない、「何か」が心に引っかかっている。でもそれが何だかわからない。ため息混じりの月曜日を迎える方が心配です。

 

これを解決するためには、その原因を言葉にする、新しい考え方に触れることが大切です。心のひっかかりは、外にはない、自分の中にあると考えてみる。

電車の遅延は自分ではどうしようもできないけれど、その時どう思うかは決められる。

高速道路の渋滞は解消されないけれど、車内で自分がどう振る舞うかは決められる。

 

今回はそういった自分を中心に据えた考え方、思い込みの外し方をご紹介します。助けになるのは、先日読んだ1冊の本。三木清さんの『人生論ノート』です。

古典を手助けに

三木清さんの人生論ノート。150ページ少々の短編集です。

「幸せとは?」「死とは?」「習慣とは?」誰もが関係する言葉を取り上げて、1篇が10ページから15ページの軽く読める1冊です。

自分がどんな価値観(心のものさし)で生活しているのか。この本を通して気づくことがたくさんありました。

 

 

 

すみません、ウソをつきました。とても難しい

2ページ読み進むのに何分かかったかわかりません。小粒でもピリリと辛い、でも書いてあることに発見がある。そんな本です。

エッセイというよりは、詩集?私の読解力の問題なのでしょう。何度も読まないと、ポイントがわかりませんでした。みなさん読んでください!とは、とても言えません。

(あまりに良い本な皆さんにすすめたくもある、、、悩みます)

 

そんな中で、感銘を受けた(読み解けた)思い込みが2つあります。

 

1 成功=幸せ ではない

一攫千金を得ること、事業を成功させること、受験で合格すること。試合で誰かに勝つこと、プロポーズを受けてもらうこと。何かにチャレンジし、成功・勝利することが、幸せだと思っていないでしょうか。

 

逆に、お金が無い、失敗する、負けることが、不幸となってしまう。生まれてから死ぬまで、一度も負けない人間はいない。だから誰もが不幸だと感じてしまう。負のスパイラルです。

 

三木さんは、こうした心の動きを「現代的な勘違い」とばっさり。成功と幸せは別の物と言い切ります。違いを比べてみましょう。

幸せ

古代から中生代の人々の関心事。逆に、成功や進歩への興味は薄かった。

人と比べられないし、数字で示せるものでも無い。高みを目指すようなものではなく、ほどほどに、自発的に生活することで感じられる。

大切なことは、「あなたがどんな人であるか

人に優しいとか、相手が怒っている時にまず話を聞く、おおらかである。といったポイントです。時と場所に関わらず、その人自身が感じるかどうかに焦点を置いています。

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成功

近代から発展したもの。他人と数字で比較ができ、勝ち負けがわかる(羨ましがられる、嫉妬される)

上に向かってまっすぐに登るイメージを持たれることが多い。

大切なのは「これまでは、あなたは何をしてきたか

テストで毎回100点を取り続ける(そのために毎日2時間勉強する)とか、事業を成功させ年間1億円の利益を得ている(そのために事業の知識を日々学んでいる)という、他人から評価できる部分に焦点を置きます。

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書き比べてみるとこの2つが、いかに違った考え方なのかがわかります。

ただ、今の世の中、「勝ってなんぼ」「成功しないと意味がない」という考えが先行しています。あなたが、いざ別々に考えようとしても、その考えに賛成してくれない人も多いでしょう。

特に成功している人にとってははなおさらです。

成功しているのに幸せでないのは困る。幸せでなければいけないのです(これこそ思い込みです)

 

そんな時のために、三木さんはしっかりこの一文を書いてくれていました。

一種のスポーツとして成功を追求するものは健全である 

成功・失敗、勝利・敗北を、スポーツのようなルールがある範囲で楽しもう。ただし人生は成功・失敗だけでは測れない。成功は人生の一部として考えれば毒にならない。と忠告してくれています。

日々、ゲームやスポーツから良いとこ取りして、日常生活を充実させたいと考えている者として、この一編は目からウロコでした。

良いとこ取りしているつもりで、失敗がすなわち不幸と連想させる癖をつけないように、注意しないといけません。

同時に、勝ち負けが全てじゃない!と斜に構えて、ゲームやスポーツだけでなく仕事にも専念しないような姿勢も好ましくない。

 

大切なのは1日の中での線引きです。

まずは、どこで成功・失敗を考えるか、スポーツのように時間と場所の枠を決め、その枠の外では「成功のものさし」を使って生活しないこと。

そして生活の根底には、「自分はどうありたいか」というイメージが常にあることです。

 

2 ゲームや遊びは生活に必要ではない

 えー!本当ですか三木さん。

人生=娯楽、と思っている私にとっては衝撃的なページでした。

 もともと、娯楽は生活に必要ないというのが三木さんの意見。引用しましょう。

娯楽というものは生活を楽しむことをしらなくなった人間がその代わりに考えだしたものである。それは幸福に対する近代的な代用品である。

生活の中に楽しみが見いだせない。生きるための活動が楽しくない。そうしたときに、

生活=楽しくない 生活から離れた娯楽=楽しいと区分けする人が出てきてしまった。

 

1日の生活の内、大半は生活、生きるための活動、に使われているのにその時間が楽しくない(と思い込んでいる)のです。

言葉にしてみると、なんとも不幸せなイメージがつきまといます。

 

娯楽が悪いというよりは、本来楽しめるはずの生活を変えてしまった。ライフスタイルの変化が主な原因です。

真面目に・受け身に生きる、不自由な生活に移りかわった結果、そのセラピーのため、娯楽が生まれてきたと読み取れます。いわば、娯楽は心の薬のようなものです。

そう考えると、確かに娯楽が人生の中心にあるのは心配になります。薬漬けが幸せか?と聞かれたら、どう答えるでしょうか。

 

生きている大半の時間を充実させるには、

「当たり前の生活に楽しみを見出す」(想像を働かせて、発信する側になる)

「生活に線引きを無くす」(生活=娯楽=仕事)

この2つを心にとめおきたいです。

 

遊びとともに人生を過ごしてきた者にとっては、一見人格を否定されたような強い一節です。しかしその中身を読みこんでみると誤解でした。

その実、「人生と遊びを切り分けるな」という思い込みを外してくれる、意外な助け舟だったのです。

 

半世紀以上前に亡くなった三木清さん。彼の過ごした戦中の生活と、今の日常はまるで違います。ですが、生活に対する心構えや思い込みに対する取り組み方は、今を生きる私の生活習慣を変えるのに十分なテキストでした。

生活の悩みに対して、「そんなこと無い」という発見を、まだまだ教えてくれます。

 

今日は思い込みについての学びでした。

長文お読みいただき、ありがとうございました。