日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

【お休み投稿】ゲームと、ミニマリスト生活の似たところ? ゲームのように生活したい

休みの日で一番好きなのは、朝から気兼ねなく掃除ができるところです。

ごみ捨てはもちろんのこと、洗濯、畳の掃除まで。午前中みっちりやりきってからの午後は快適です。

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さて、今日のエントリーは、私の好きなこと。ゲームと、ミニマル生活の似たところについてお伝えします。

かたや娯楽。それとライフスタイルを比べるのはちょっとおかしいでしょうか?

ところが、改めて比べてみると、私が関心を持っている点が似通っていたので、ぜひお伝えしたいのです。ちょっと長いエントリーですがお付き合いください。

 

 ゲームは、現実世界の一面を切り取ったもの

ゲーム。この言葉だけ伝えると、皆さん違ったものを想像されそうですね。

人生ゲームを想像した方もいれば、ドラゴンクエストのようなテレビゲームを頭に浮かべた方もいるでしょう。スポーツもゲームの一種です。サッカー、野球、バスケットボール。どれもゲームにあたります。

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今はどれを念頭に置いていただいてもかまいません。まずお伝えしたいのは、

そういったゲームは例外なく私たちの生活の延長線上にあるということです。

もちろん直接的ではありません。老若男女がバットを片手に歩いていたら怖いです。モンスターが町の外にいる?その存在非存在については、月間ムーの皆さんにお任せします。

ここで引き合いに出したのは、普段の生活の抽象的な面。日々の生活を切り分けた、1つ1つの性質がゲーム用いられている点です。

例をあげてみましょう。

「競争があり勝ち負けを競う」・・・多くのゲームに当てはまります、現実であれば、入札による仕事の獲得、採用面接などにあたるでしょうか。

「技術、能力を使って戦う」・・・筋力か、速力か、判断力か。なにがしかの能力です。現実であれば、医師が知識と技術を用いて病気を治す。警察官が、身体能力を用いて、犯罪者を現行犯逮捕するといった側面です。

「役割を分担して協力する」・・・野球でしたら、ピッチャーやキャッチャーといったポジションにあたります。チームプレイには重要な側面です。これは想像しやすいですね。職場であれば、営業・経理・総務・経営者といった部署の役割分担そのものです。

「成長する、育てる」・・・ロールプレイングゲームの大切な要素ですね。よく、レベルとった言葉で表現される、強くなっていく過程です。現実では、学校教育であったり、自宅での子育てです。

「(金銭)取引や交渉をする」・・・ボードゲームやテレビゲームでよく取り上げられます。これも現実世界のやりとりをそのまま取り入れているといえるでしょう。違うのは、現実の金銭か、架空のお金か、という違いでしょうか。

「公平・公正(の理想)を実現する」・・・参加者は差別なく、ゼロベースでプレイに参加できるという点です。一部ハンディキャップというルールもありますが、基本的には、ゼロから始まります。現実では、社会保障普通選挙といった例があげられます。

※正直この点においては、現実生活よりもゲームの枠組みのほうが理想的にルールが機能していると思います。

現実の延長線にある、というもう1つの例

机上演習という言葉があります。これは、軍隊が実際に兵隊を使わずに、専用の駒を用いてた模擬戦争を机の上でやるという練習のことです。

実際の戦争を机の上に切り出して、思考訓練を行っていたわけです。もちろん今でも、軍隊内のカリキュラムに組み込まれています。

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また、こういった演習が派生して、「チェス」が広まったと言われています。

これはゲームと現実が、史実上関連している好例と言えます。

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現実に「一本線を引く」からやりがいが出る、面白くなる

ゲームは、現実生活からの延長だ、と先ほどお話しました。

とはいうものの、実際の生活の中では、仕事の悩み、子育ての悩み、進学の苦悩などなどたくさんあると思います。つまり楽しくない。やめたい、逃げ出したいということもあるでしょう。

対してゲームはどうでしょうか。

世界中の多くの人たちはゲームに夢中です。遊びすぎた人が陥るゲーム中毒は精神疾患の1つであると、世界保健機構(WHO)が認定するぐらいです。病気になるくらい遊びたい。その魅力がゲームにはあります。

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同じ地平にあって、関連しあっているのに、どうしてこのように熱中具合に差が出てしまうのでしょうか。

その1つの解答として、「現実に一本線を引いている」ゲームの条件を挙げてみましょう。

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一本線というのは、ルールや、タブーのこと。どの範囲で遊ぶのか、してはいけないことは何かがはっきりしているという制限です。

いくつか例を出してみます。

トランプであれば、「52枚+ジョーカーでプレイする」(用いる道具の制限)

サッカーであれば、「ゴールキーパー以外は手を使ってはいけない」(身体の制限)

野球であれば、「9回の裏終了時点で、点数が多いチームが勝ち」(時間・回数の制限)

バスケットであれば、「28M×15Mのフィールドでプレイする」(空間の制限) などなど

 ゲームの数だけルールは存在します。出来ること、出来ないことがわかっている。その全体像が目に見える。これを、楽しめる、熱中できる1つの要因と考えています。

「ゲームのように生活する」メリット

これまでゲームの楽しさの根っこの一部をお伝えしてきました。現実の延長であり、かつそこにルールを乗せたものである、という点です。

現実という食材を調理して、ゲームという料理を作ったようなものですね。

さて、この世界中の人を楽しませているゲームですが、

ゲームの楽しさを、現実に還元する。つまり当てはめることはできないものでしょうか?

現実からゲームという変化ではなく、ゲームから現実の生活を変えていくという発想です。料理で培った技術、アイデアで、元の食材を美味しくするのです。

 

ちなみにこの考え方は「ゲーミフィケーション」と呼ばれています。日本ですと、井上明人さんという方が第一人者として研究されている分野です。

私はこの考え方がとても好きです。

遊んでいる時には、何時間でも、何日でも熱中できる。それ以外の時間でもこのくらいの集中力と楽しみが得られればいいのに。いつもそう思っています。

義務感ではなく、自発的に行動できるようになる。

責任感ではなく、楽しみを予期して前向きな心境で生活できる。

生活に失敗はなく、次の参考として捉えられる。成長の1つとして向き合える。

こういったメリットが期待されます。好きなもののいいとこどりですね。

 

ミニマリストであることは、人生のゲームプレイヤーであること

冒頭に、ゲームと、ミニマリスト生活には似たところがある、とお伝えしました。やっとその点に触れることができます。

ミニマリストであることは、現実の生活に自分であるルールを作って生活すること、必要なもの、不要なものに線を引いて、人生をより充実して過ごす手段だと考えています。

例えば、こんなルールです。

・最適な品で生活する。

・不要なものは捨てる。捨てる基準は、

「お気に入りであるか」「自分が毎日使うかどうか」

・自分が好きな分野については、そもそも捨てる基準に入れず、突き詰めてモノをたくさん持つ

・同じものはできる限り持たない(予備不要)

・ 自分がこだわらない分野はできる限り何も持たない

この考え方、前段で話した内容に似ていないでしょうか?そう、ゲームから生活へ楽しさを当て込む、その仕様と同じでなのです。

どちらも惰性の生活を、ルールを作ることで「ちょっと不便にする」 

反面、自分でコントローラーをにぎったかのような楽しさを得る。

ミニマリストは、たくさんある「ゲームのような生活」のうちの1つ、という位置づけです。

この関係を頭の中でつなげられた時、改めてミニマリスト生活の楽しさの理由に気付くことができました。

利便性が高くなるとは言えない、人を招き入れたときに褒められるとも限らない。ただ、自分の生活満足度、コントロール感は高められます。まるでゲームのように。

 

「仕事の日は、休みの日のために苦労しないといけない」(仕事は楽しめない)とか、「家事は総じて辛いもの」とあきらめていることがあったら、この考えをちょっと頭の片隅に置いてみてください。お役に立てるかもしれません。

 

今日はお休み投稿として、普段よりも長文でお伝えしました。

ここまでのご精読、ありがとうございました!