日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

ブログから、仕事に役立つスキルが身に付き始めた

体調不良2日目のよそイです。

夜釣りに似合わぬ格好で、見事に発熱・腹痛に。丸一日苦しんでおりましたが、

日曜日に入って、なんとか復調。今はドトールでブログ更新中です。

 

今日の話題は、毎日更新しているブログの話です。

ブログから仕事へ、良い影響がでてきました

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ブログで毎日発信し始めると、仕事の時以上に単語、文章を意識するようになりました。

その理由は、「誰が読んでいるかわからないから」

仕事中ですと、読み手は全て関係者。専門用語を使っても、相手に伝わります。多少難しい言い回しであっても、毎月の定例書類ばかりですので、「読まれていない」ケースもあります(そういった書類があること自体、会社にとって課題なのですが)

ブログはそうはいきません

相手の方はほとんどが仕事関係者ではないし、生まれも育ちも違う。おそらく日本語は読める?ぐらいしか予想がつきません。

書きたいこと、思ったことを書く。これがプライベートなブログの前提としても、それが読み手の理解の範疇(はんちゅう)なのか、わからない。それが日々の悩みです。

相手のコードを読み取れ

大学時代の話です。私は英米文学を専攻していました。その時の米文学教授から、1つだけ教わったことがあります(サボり学生だったので1つだけ)

それが、「コード」という言葉です。人にはそれぞれコードがある。本を読むときには、登場人物のコードを読み取る必要があるのだ、と。

コード、日本語に訳すと「慣例」「規則」という意味です。その教授は人が持っている、習慣や考え方の癖、価値観という意味で使っていたようです。

このコードが分かっていないとどうなるのか。

自分の価値観だけで本を読むと、作者が伝えたかった意味が分からなくなってなってしまうのです。

例えを、2つほどご紹介します。

1つ目は色の話。「黄色」12色色鉛筆のセットに入ってくるほどメジャーな色。私も好きな色です。

これが中世ヨーロッパのコードで見ると、「裏切者」「アウトサイダーといった悪いイメージの象徴になってしまう。悪い色の筆頭になってしまうのです。

中世が舞台の小説、作品でもし黄色の服を着た登場人物が出てきたら要注意。作者は、「その人物はよそ者、反逆者である」ということを色で表現している可能性があります。

 

食事の例も出してみましょう。アメリカを舞台にした作品で、朝ごはんのシーンが描写されるとします。その登場人物が朝、「生卵を食べている」としたら、皆さんどう思われますか?

私も生卵ご飯はよく食べます。まあ普通の朝ごはんのシーンですよね。

これが、アメリカの「コード」では全く違います。アメリカでは卵を生食するケースはほとんどなく、食中毒の恐れがある危険な行為。

その人は「命知らず」「危ないやつ」「東洋系」といった分析をされることになります。

ちなみに、ボクシング映画、「ロッキー」で生卵を飲むシーンがあります。

日本人の観客と、アメリカの観客。感じたことはまるで違っていたことでしょう。ですが、日本人であっても、「アメリカのコードでは、このシーンは衝撃的だろうな」と考えることはできます。これがコードの違いを踏まえて視聴する。ということなのです。

コードの違いを理解する。相手に合わせて表現するという点は文学の読解だけでなく、ブログのような発信媒体にとっても大切な考え方です。

同じ日本であっても、コードが同じわけではない。世代、性別、出自によってコードはまるで違うのですから。

 

 

 

仕事現場では?

では、こういった意識が職場ではどう反映されるようになったでしょうか?

まず、社内向けのメールが月並みなものから、その人に合わせたものに少し変わるようになりました。

その時々で相手の忙しさや、受け取り方が違う。

そう考えると、少しずつ文章を変えるのが妥当です。

肩書を大事にする人、逆に興味が無い人もいるでしょう。書き出しもそういったコードに合わせて書き分けるのが理想的です。


次に、社外向けの書類。この添削がとても多くなりました。これまでは右から左に、ノーチェックするケースもありました。

ですが「先方はどんなものを求めてこの書類を読むのだろうか?」と考えると、正しくても不適切という言い回しがたくさん見受けられるようになったのです。

例えば、現場職員の方を説得したいなら、「現場の方の仕事の量が減ります」と伝える。 経営者を説得したいなら、「今まで以上の利益が出ますよ」と強調する。

どう伝えても、情報に嘘が無ければ間違ってはいません。ですが、伝えるべき相手にピッタリの言葉を選ばなければ、相手の心は動きません。

 

相手の価値観(コード)はどこなのか。同じ境遇にいるために、軽視してしまいがちなポイントでした。

これからもブログと仕事、相互に良い影響を出していきたいものです。

※始末書とか顛末書はご遠慮します・・・