日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

捨てのボーダーブレイク(境界超え)ー昔からのモノを手放す「思い出の品」と「思い出」を混同しない 

大阪に戻りました。自宅から一人暮らしの住まいに戻ると様子が一変します。

「何でもある家」から、「最低限しかない家」ですから。ギャップの激しさに動揺してしまうのです。奥さんから「大阪の独房」と呼ばれることにも慣れてきましたが、改めてこの言葉を噛みしめています。奥さんの言葉は正しい。

ちょっと違うのは、この独房が不快ではないということです。

今日はこのギャップが少しでも減らせるように、自宅の余分な品を帰宅前に断捨離した模様をお伝えします。

 

長年ため込んでいた「思い出の品」を断捨離しました。

これまで自宅、大阪の赴任先でいろいろと手放してきました。その途上で、敢えて手を出してこなかった部分があります。

それが、「物置の段ボール」。過去の品、学生時代に手に入れた雑多な品が詰まっている段ボールです。

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これらは、今まで断捨離したものと2つの点で性質が違います。

 

生活の役には立たない(思い出の品、というだけなので)という点。

二度と手に入らないという点です。

 

例えば、過去の成績表や教科書、文集といった品々。

「二度と手に入りませんよ?」と営業されると弱い私にはとても手放せるものではありませんでした。それが、どんな効果・効用であったとしてもです。

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役に立たない。でも手放し難い。「所有効果」ー自分の持ち物は価値がある、という心の傾向ーがとても強く出ているよい事例です。

自分のルールを守って、手放す

もしもこれらの品をどうするか?親族、知人に聞けば、「とっておいたほうが良い」と言われるかもしれません。

ですが、今回は手放すことにしました。なぜなら、自分がこれまでやってきた断捨離のルールを一番犯すことになるからです。

すなわち、

今、ここで使うものか

という点です。

今(特に毎日)使っていないものは基本手放してから考える。この流れに聖域(という思い込み)を作らないことを大切にしました。

捨てるための自問自答

心に差しさわり?確かにあります。そこで、その差しさわりを次のような自問自答で解決しようと試みました。

  • 自分の文集を毎年見直すのか? ーいいえ
  • 誰かに公開するのか?     -いいえ
  • これまでモノを手放して後悔したことがあるか? -いいえ
  • もしも家を失ったとしても、それは鞄に入れて持ち歩きたいか?(持ち歩けるか?)-いいえ
  • それを捨てることで、親族・知人に影響があるか? -はい(一部のモノです。これはトラブルの元にになるのでとっておく)

こう考えると、持ち続けることの意味が薄れてきました。

確かに思い出の品である。ただし、この為に生きることは無い。

抵抗勢力

逆に、持っていたいという気持ちも抜き出してみましょう。

すると、次のような思いが見えてきます。同時にその思いの原因も探ってみます。

  • 自分のモノが減る=自分の価値が無くなるのではないか?          -そんなことは無い、モノの価値と自分の価値を混同している。
  • 思い出のを減らす=思い出を捨てたいのか?               ーいいえ、モノが無くても記憶はある。記憶とモノは別物、混同している。
  • 他の人はとっているようなモノを、なぜあなたもとっておかないのか     -人は人、自分は自分。人の価値観と、自分の価値観を混同している。

混同がキーワードです。自分の中のモヤモヤを、モノを集める、持ち続けることで解決しようとしているのが目に見えます。

 

自分が今持っている大事な欲求は、モノや人に合わせることでは解決しない。自分のルールを守り、これらを手放すという行動で示してみました。

 

自分の中で一番手放し難い段ボール(考えたくもなかったもの)でしたので、これで心理的に捨てられないものが一気に減りました。ミッションクリア!です。

気軽な生活を目指して、ここからしばらくは大阪の家を見直します。

 

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一緒に手放したゲームキューブ。30代前半では大変お世話になりました。ありがとう。