日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

自由に生きるために〜自由からの逃走をやめるためには

自由な生活をご希望ですか? それ、本当ですか???

f:id:karasumiyama:20180715091105j:plain

ここ2ヶ月でみっちり読み込んだ本があります。「自由からの逃走」

作者はエーリッヒ・フロム、ドイツの社会学者、心理学者です。

 

このタイトルからしてちょっと、怖いテーマですよね。

今日は定例で開いている読書会でこの本をテーマに語り合いました。

その中身も含めてご紹介します。

 

日頃私たちは、「束縛されたくない」「自由な生活を過ごしたい」と思っている方が多いです。

月曜日の朝、「仕事に行きたくな〜い!」とため息をつく皆さんはその典型。職場で何かをやらされるよりも、土曜日、日曜日の自由な時間を満喫したいはず。

 

でも、ドイツ生まれののフロムさんはそんな気持ちは嘘っぱちだ!と注意をうながします。

自由になった人たちは、自分から自由な生活を手放すだろう。

人のいいなりになるか、人を権威でおしつけようとするか、すべてを壊そうとするだろう。いずれにしても、自由な発想はやめてしまっている。

喜んで束縛されて、服従し、どんな劣悪な環境でも我慢してしまう。どんな非人道的なこともやってしまうだろう。

 

その事例として、フロムさんが引き合いに出すのが、第二次世界大戦中のドイツ。

ヒトラーが率いるナチズムがなぜ台頭したんだろうか?当時の国民は、どうしてあんな酷いことをした組織を応援したんだろう。

その答えをこの本の中で説明しています。彼らがあれだけの支持を得た理由も、この自由と関係があったそうです。

今回は、今の生活に役立つ部分だけを抜粋してご紹介です。

なんで自由な生活をやめたくなるのか?

 自由な生活、憧れます。年がら年中、好きな時に仕事して、好きな時に寝る生活。

とても理想的に聞こえるスタイルです。でも、どうやら人間の本性、生命を脅かされない生活、精神が安定した生き方を求める志向からは、その生き方が必ずしも合致するとは限らないようです。

その理由となるキーワードは、孤独と、自己責任。

孤独

自由な生活、自分で選べる生き方に進んでしまうと、他の人とすれ違う生活になってしまう。別の言い方をすると、これまで安穏と所属していた、組織(職場や学校といった大きなものから、人間関係のグループまで)から少し距離を置くことになる。

何しろ、自分生き方は、「自分で選べるのだから」

そうすると、自分で選べる人にとっては、素晴らしい環境になる。でも、選べない人にとっては?良くないことが起きます。

これまで考えなくても良かった、「何をすればいいの?」「周りにだれもいない、独りきりだ・・・」という悩みが発生してしまうのです。

ここから生み出されるのは、孤独、無力感、不安といったネガティブなワードばかり。これまでは言われたとおりのレールに沿って生きていければよかったのに。

自己責任

選択ができるということは、同時に、自己責任も負うことになる。

例えば、就職先を選ぶ自由は、選んだという自己責任と隣り合わせです。その後職場がどんなに大変であっても、自分の働き方と合っていなくても。

結婚相手もしかり。親が決めた相手ではなく、両者の同意の元で結婚したのであれば、その後の結婚関係は自己責任を放棄するわけにはいきません。あなたが選んだ相手なのでしょう?

こうして、それまで自由を体験していない、求めていなかった人にとってはそれが重荷になってしまうことがあります。

これまでは「言われたことをどう上手にやるか」、それだけを考えていればよかったのに。

いや、それでも自由に生きるために〜3つのポイント

 では、自由じゃないほうがいいのか?というと、フロムさんの答えはノー。自由を知ってしまった人間が今更元に戻ることは難しい。覆水盆に返らずだと言います。

強引に古来からの生き方に戻るためには、「自分を殺して、嘘をついて生きていく」「他人に依存する」しかなくなってしまう。その危険を事細かに解説してくれます。自由なまま不安を抱えたまま生きるのか、誤魔化して、誤魔化して生きていくしか無いのでしょうか?

 

そこは、フロムさん。しっかり本の中で、その解決方法を提示してくれます。彼の考える、自由を発揮して幸せに生きるための方法とは?

 

  1. 全人格的に統一した生活を送ること、つまり「自分らしく生きる
  2. 自主的に生活する。同じことをするでも、「自分からアプローチする
  3. 人を愛する、生産的な行動をする、つまり「自分から何かを生み出す

この3つのポイントが彼の言う自由を活かすポイントなのだそうです。

 

まだ無意識のレベルで、自由を手放してしまっているであろう自分にとっては耳が痛い。でも、不可能なことではないとも感じます。

自由な生活と、自分が求める生活が重なり合う。そんな日々を過ごしたいものです。

 

今回は、ちょっと難しいけれど、人生観を探る本のご紹介でした。仕事に勉強に悩んでいる方、ぜひご一読を。

 

_____________________

おまけ 読書会の時に話した話題を抜粋してみました。 備忘も兼ねて掲載です。

 

  •  自由を得るための戦いに勝利したのに、近代では結局得たものを手放してしまう矛盾。
  • プロテスタントは世俗にはひれ伏さないけれど、神には服従しない。
  • カルヴァンの予定説では、「我々に選択肢はない、無力、天国・地獄は決まっている(神が絶対)」※選民思想の発端 →親鸞とは少し違う、「阿弥陀如来が誰でも救ってくれる」
  • 中世ヨーロッパからルネサンスに移行する際に、経済の枠組みが自由競争になったことで、それが思想に影響を与えた。第二次的絆への移行が始まった。(昔なら、「あなたは家具職人」と言われたら、必ず一生食べていけた。その後は、「あなたはなんにでもなれる」と言われるようになってしまった。失敗する可能性がある)
  • かけおちをするドラマは良くないこと!!?昔の価値観では当然タブー。
  • 自由のリスクが高まる経済事情(死ぬリスクが高い、国家補償がない)状態では、余計、自由は不安材料でしかない。第一次世界大戦後のドイツが好例。
  • 不安を解消するための「統一性の放棄」とは、自分がしたいことよりも、他からの期待に沿わすこと。→仮りそめの安定感。手を離したら終わり
  • 全人格の統一 表と裏が合致している。もっと自分らしく。性格が良いという価値観ではない(それこそ社会的評価に過ぎない、それを気にすること自体が、組織所属欲求に過ぎない)→嫌われる勇気、芸術家
  •  

  • ナチスを批判することがドイツを批判することになる。そういう仕組みが狡猾。
  • 芸術家は全人格の統一を果たしている一例。→難しい!!?
  • 学校施設は矯正施設(鋳型にはめ込む)方針がある。本人の二次的絆への発展と、外的要因がずれてしまうと不安や怒りを覚える。
  • イノベーティブ(全人格的統一している)な人は、嫌われ者!でも、そういう人を活躍させないと世界は変わらない。
  • 不満が芸術の原動力になるのではないか?
  • 何かを活動すること、自分らしく、感情と知識を用いて、積極的に自らやりたいことをやる。何かを成し遂げようとするのではなく、行動に集中すること cfゲーミフィケーション
  • 役に立つことしかやらないのは貧しくないか?余裕が無いのでは?(谷口)
  • コスパ、効率化という言葉を人間を手段化した。
  • 中世は人間のために経済が存在した。必要以上を得ることは貪欲であり、罪である(キリスト教ガンジー) →NG:投資家
  • 中世の、生存が苦しい時代であるからこそ、死生観や、精神的平穏を主題に据えやすいのではないか?来世信仰も含む(タイムリープ、ループものの走り)今は、それが手段になっているからこそ、精神的な崩壊は当たり前ではないか?
  • 健康と正常の定義や、社会的なニーズに満たしているかどうか?という文言が面白い ⇔(合致しない)V.E.フランクルにとっての生き方、個人にとっての健康・正常
  • 意識高い系も「機械的画一性」の1つに過ぎないのではないか?それとも、全人格的な行動が、鋳型にはまった人から観たら、そう見えるのか?
  • 自分の頭で考えるのが独創的である(結論のオリジナリティではない)
  • なにはともあれ、自発的に。

#勉強#仕事#やりがい#自分らしさ#心理学#自由#束縛#服従#マゾ#権威#機械的#経済