日刊あるなし

日常を 遊びのように 楽しく過ごす。ミニマリスト&インドア生活スタイルを日々紹介します。

30代に入りましたが、未だに学び方がぼんやりまだわからないんですが?

連休真っ昼間に、徒然文章を書こうとChromebookを立ち上げています。

 

今日は学び方を考えます。

 

小学校から大学、社会人になってからもまあ勉強に費やした時間は数え切れません。集中していたかは別として、朝から夕方まで先生の話を長々耳にしていたはずです。

しかし、改めて学び方ってそもそもどういうものなんだろうと思ってみると、系統立てて説明できないんですよね。

そこで、今自覚できることをちょっと書いてみようと思います。

比較する方法ですと、過去と今の考えの変化がわかりやすいかもしれません。

 

ポイント

・これまでは、賞金獲得・進学・資格ゲット・昇格が目的でした。 

・今は、「大きな目的」をまずもって、1つ1つの知識やスキルはその手段として捉えています。

 

賞金獲得〜中学時代

中学校時代を思い出すと、自分が5科目に限って勉強に集中していたのは、学びが楽しいからではありませんでした。

 

当時父から提示されていたのは、テストで80点以上とったら1,000円、100点とったら3,000円という額面だったと記憶しています。あとの勉強方法は自由にしろと言われていました。

答案用紙がお小遣い交換券だったわけです。

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中学生にとって、1,000円、3,000円は大金!

しかも1科目ごとなんです。ということは5科目頑張れば、とんでもないボーナスがもらえる訳です。それは気の入れようも違うというもの。

中間テスト、期末テストの時期は「テスト後に何を買おう(ワクワク)」という気持ちでいっぱいでした。

 

ちなみに、これはゲーミフィケーションの1つである「ご褒美(インセンティブ)」という手法です。

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メリットは、当時の私のようにある程度のポジティブな姿勢で学習に身を入れられること。

そのモチベーションで結果にも繋げられることです。 

デメリットは、学ぶことそのものの楽しみに関心がなくなってしまうことです。

 

学習をあくまでもお小遣いを稼ぐ手段にしか捉えていません。

その証拠に、お駄賃がもらえない、5科目以外の授業、「美術」「音楽」「体育」は価値の無い科目だ!と、友人にさもしたり顔で話していた記憶があります。

今思うと赤面するしかありません・・・当時の先生方にお会いする機会があったら、恥を忍んで謝りたい気分です。

 

そういう訳で「好き」「興味津々」という感情無しに学ぶ癖を身につけてしまいました。これは後々尾を引く悪癖となります。

 

進学クエス

進学という「ご褒美(ステータス)」も、この賞金システムと大きな差はありませんでした。

どこに進学するのか、何をするのか、ということにさしたる疑問を持たないまま、目の前の受験というクエスト(小さな障害)をどうクリアするか。クリアしてからのご褒美(ステータスや進学祝い)ばかりに気を向けて勉強していました。 

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これを続けると

この学習の癖は、大学(単位ゲット!)社会人(資格ゲット!)でも続きました。

まぁ、よくぞ未修正でここまで来たものだと感心するキャリアですね。

で、この一連の学習で何が起きるか。

 

学んで、得た知識を活用する方法を知らない(使う気がない)」という状態になるということです。共感いただける方いますか?

 

理由はこれまでの経緯を見ればとてもわかりやすい。

何しろ、点数をとること、進学することが目的だったので、その後は何もしなくていいんです。

例えるならクリアーしたTVゲームを本棚に置きっぱなしにする、ツタヤに中古ソフトとして売るようなものです。

「知識は一時的に得るものであって、使うものではなかった」といえます。

 

昔、孔子先生が

学びて思わざればすなわちくらし

ということを言われていたそうです。

 

知識を得ても、それについて自分で考えなければいけないよ。」という戒めです。

自分の浅薄な学びのキャリアを真正面から一閃してくれる、とてもよい言葉でした。

 

上記を踏まえて、最近思っていること

学んだことが、自分の生活にどう活かせるのか 〜実生活でこう活かせる!

○○をしたい、だからこれを学ぶ        〜夢が叶う

これを知ることで、相手にとってプラスになる 〜助けられる

学ぶ中で自分が充足する(ハマる)      〜楽しい!

 今、学びについて考えるときにはこうしたポイントで考えるようになっています。

学んで終わりではなく、始まりであるということ。

加えて、学び自身が楽しいものだと実感することに目を向けるようにしています。

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一番のメリットは、自分の生活や仕事、夢に今の学びが直結している生活実感をもてること(もとからそのつもりで取り組んでいるので)

今日の気づきが明日の仕事にすぐつなげていけるのは、なんとも言えず嬉しいものです。

 

ですが、この考え方にもデメリットがあります。

それは、「5科目」「100点満点」「テスト範囲」といった、学校の教育システムが作ってくれていた、仕組みが全く無いことです。

いやいや、その狭い枠組みが問題だったんだろ!?と思われる方もいるかもしれません。

しかし、「学習にハマる(楽しい)」という点に限定すると、こういった枠も使い方しだいでは悪くありません。

大きな目的を持つ、ということは、その手段は無数の中から選べるということです。

どの分野の知識やノウハウを、どういった手段で、どう習得するかは自己判断に委ねられます。これは、必ずしも簡単ではありません。負担に覚える人もいます。どちらかと言えば、私もその部類に入るでしょう。

 

行動心理学で、「無数の選択肢を与えられると、消費者は選択する意欲を失う」という実験結果があるそうです。

3つの商品、松竹梅から1つなら選べる。

でも100アイテムある類似の商品から1つを選ぶのは、知識と責任と決断力を迫られます。

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目的ありきの学習とは、「お受験勉強」ルートを生きてきた私にとっては、この100アイテムに等しいのです。

而立(自立)の世代と言われる30代ですが、これを楽しめるようになるまでは、学習的自立にはまだ程遠い。

これからの課題は、「自分にあった学習法の決め方、作り方」を考えることにあると言えるでしょう。

電車がレール外を走るのは、骨が折れそうで、やりがいがありそうです。

 

↓ちなみに行動経済学といえば、この方が時の人ですね